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質問・条例提案

2017.05.25

百条委員会での意見開陳

24日の豊洲市場移転問題に関する調査特別委員会で、吉田信夫議員が意見開陳をおこないました。

 

百条委員会での意見開陳

吉田信夫(杉並区選出)

 日本共産党都議団を代表して、意見開陳を行います。
 本委員会は、石原元知事の尋問時間が全体でわずか1時間、わが党は9分などの制約がありましたが、174箱もの東京ガスや都の関係局から記録を提出させ、24人の証人尋問を行いました。その結果、石原元知事の責任を明らかにさせるなど、築地市場の東京ガス豊洲工場跡地への移転に関し「闇」となっていた一部を明かにすることができたことはきわめて重要と考えます。
 同時に、重大な事実が明かになりながら、部分的解明にとどまっている課題も残されました。さらに調査項目のなかで、当初の2・7倍2792億円にもはね上った工事契約に関する調査はまったく行われていません。にもかかわらず、調査、尋問を打ち切ったことは、都民の批判はまぬがれません。
 以下、これまでの調査、尋問で明らかになったこと、さらに部分的解明にとどまっており今後解明が必要なこと、そして調査がされてない問題について、意見を表明します。

一、石原都知事の責任が明確になった 決済者は石原氏、汚染も知り、汚染対策の費用負担も了承していた

 本委員会の調査・尋問で明らかになった最大の事実は、石原元知事が、汚染を知りながら豊洲移転を決定し、東京ガスに瑕疵担保責任を免責し、汚染対策費は78億円しか求めないことを了解し、売買契約を結んだことが確認されたことです。
 石原氏はこれまで、汚染についても、契約内容についても、知らない、判断を求められることはなかったという態度をとり、豊洲移転は既定路線だったと説明してきました。昨年10月14日付けで提出した小池知事の質問への回答書では、「豊洲の中の東京ガスの敷地であるとまでは聞いた記憶はありません」。「したがってご質問のような話(すなわち汚染問題)は、聞いておりません」と回答。瑕疵担保責任の放棄について、「ご質問の事項について知事としての判断を求められたことがありませんので、全く分かりません」と回答。さらに汚染対策費の東京ガス負担が78億円だったことも「いま思えばアンフェアーだと思いますが、私の判断を求められることがありませんでしたから、全く分かりません」と答えています。
 しかし、百条委員会の調査と尋問を通じて、こうした石原氏の回答が虚偽であることが浮き彫りになりました。これは移転問題の責任を明かにするうえで極めて重要です。

①移転先を豊洲東京ガス工場跡地と決定・決済したのは石原氏

 まず第1に、築地市場の東京ガス豊洲工場跡地への移転は、石原知事以前の既定路線ではなく、石原氏によって決済がされたことが確認されました。
 大矢元市場長は、移転先を東京ガス豊洲工場跡地とすることについて、自分が説明し「最終的に知事も、そうか、豊洲しかないかと、こういう話で了解しております」と陳述し、石原氏自身、決済をお願いされ「わかりました、それでは決済しましょうということで決済をいたしました」と陳述しました。

 以上の陳述から、築地市場の移転先を豊洲東京ガス工場跡地と決定・決済したのは石原氏であることは明白であり、すでに決まっていたかのような発言は責任逃れようとするものです。

②石原氏は、決済があがる以前から、東京ガス豊洲工場跡地への移転のために積極的に動いた

 第2に、石原氏は、東京ガス豊洲工場跡地移転のために主導的、積極的に動いてきたことが、提出された記録によって確認されました。
 中央卸売市場から提出された記録「Gブリ概要」では、1999年8月13日、石原氏は市場問題の報告を受けた際、「ローリング(築地再整備)なんかやってられない。移転しかない」そして「築地市場には視察に行く」と発言しています。
 さらに福永副知事が11月11日に東京ガスを訪問する前に、石原氏は上原東京ガス社長と面会し、移転問題について話し合っていたことがわかりました。そして上原社長の正式に聞いてない旨の発言を受けて石原氏が「おまえ何やっているんだという話があって、すぐ東ガスの社長にお願いに行け」と言われたと大矢氏は陳述しています。

③石原氏は移転先に深刻な汚染があることを承知しながら移転判断をした

 第3に、石原氏は、移転先が東京ガス工場跡地で深刻な汚染があることを承知で、移転を決済したことです。
 先ほど述べたように、石原氏は、汚染問題も東京ガスの工場跡地だったことも知らなかったと小池知事の質問に回答しました。しかし、11月17日には、政策報道室など4局で、石原氏に「豊洲地区の土壌汚染について」をテーマに報告していた記録がありました。報告書には「Gブリ」(情報管理は厳重に)と印され、「表層部を中心とした操業に伴う汚染の他に、概ね地下3m付近を中心に土壌環境基準を越えて砒素・鉛等が存在することが判明した」と書かれていました。
 だからこそ大矢氏が、石原氏はガス工場跡地とは知らなかったと回答したことについて「初めて聞きましたけれど、信じられませんね」と陳述したのも当然です。
 さらに石原氏自身決済にあたって「豊洲のいろいろ土壌の汚染の問題もあるけども、それは確かに解決できるんだろうかな」と陳述していることでも明白です。

④石原氏は瑕疵担保責任の免責も、東ガス負担はわずか78億円だったことも知り、了解していた

 第4に、石原氏が瑕疵担保責任の免責も、汚染処理費の東京ガス負担がわずか78億円だったことも、知らないどころか、説明を受け、了解していたことが確認されました。
 岡田元市場長は、東京ガスの負担額について、市場長就任から早い段階のブリーフィングンで知事に「80億円ということを説明した記憶がございます」と証言。さらに78億円について、2011年3月22日付けで知事に説明した資料があり、説明を「やったんだろうと思います」と陳述しました。
 実際に都か提出された「新市場の用地取得と土壌汚染対策に関する東京ガスとの負担合意について」という契約にあたっての知事への説明文書では、東京ガスと合意した負担額として「金額 78億円(都の実施する対策費総額586億円)」と記載されています。
 また、瑕疵担保責任の免責についても、岡田氏は「副知事、そして知事にですね、最終段階で上げて説明をしたんだろうと」「そういう形でご了解をいただいた」と陳述しました。しかも、昨年の小池知事の質問にたいする回答では、「記憶にない」でなく、「私の判断を求められることはありませんでした」と回答しているのです。
 責任を逃れるために、「記憶にございません」と陳述した石原氏の態度は到底見逃せません。

⑤石原元知事の責任と記憶にないで逃れようとして態度を厳しくただすべき

 以上、石原元知事の、移転判断にあたって予定地の汚染を知らず、売買契約にあたって瑕疵担保責任免責も汚染処理費の東京ガス負担がわずか78億円だったことを知らなかったという主張は、まったく逆で、すべて知ったうえで、石原氏が移転も売買契約も判断していたことが明白になりました。
 総額で約6000億円を投入しながら、いまだに汚染が残され、使用不能な施設をつくった、石原氏の責任は重大であり、到底見過すことはできません。
 また、本委員会で「記憶にない」との陳述をくりかえし、責任逃れをはかろうとした態度は、本委員会を侮辱するものです。
 よって、本委員会及び都議会として、石原氏の責任と態度をきびしくただすべきことを提案します。

二、売却優先で、東京ガスいいなりの対応が、不十分な汚染対策や都が汚染対策費を背負う結果となった、その責任は濱渦元副知事らにあった

 次に、本委員会での調査、尋問を通じて、2001年の覚書、基本合意と一体に密かに東京ガスへの優遇策を約束した「確認」及び「確認書」が結ばれていたことが明らかになったことは重要です。
 この「確認書」によって、都が、土地売却の合意を得ることを優先し、東京ガスいいなりの対応をとってきたことが浮き彫りになりました。これは、交渉を主導した濱渦元副知事の責任の重大性を示すものです。

①売買の合意を引き出すために異常な譲歩を約束した秘密文書「確認書」の存在が初めて明らかに

 「基本合意」は、はじめて東京ガスが「豊洲移転に協力する」ことを表明し、その条件について合意をした文書ですが、具体的な条件は「確認書」に記載されていました。その「確認書」では、東京ガスが求めてきた、防潮護岸整備費の負担を同社は「しない」と明記し、全体で東京ガスの負担が486億円も削減されること、さらに汚染土壌の処理については、「現処理計画により対策を実施し、その完了を確認した後、土地の譲渡を行う」と明記されています。
 この現処理計画は、すべての汚染を除去するものでなく、売却時には汚染が残るという計画でした。

②東京ガスにとって、すべての汚染除去でないことを都が認めること、防潮護岸負担をなしにすることは売買決断の重要課題だったことが明らかに

 さらに記録と尋問を通じて、汚染処理は東京ガス側の計画で了承し、防潮護岸の整備費負担をなしにすることは、東京ガスにとって売却決断の重要課題だったことが明かになりました。
 都と東京ガスとの2003年4月3日の「打合せ概要」記録では、東京ガスは「今の処理計画が不満なら話が白紙に戻る」と発言、5月29日の「打合せ概要」では、「今の計画で良い旨確認している。…だからこそ、東ガスは売買に応じた」との発言が記録されています。尋問でも東京ガスの丸山証人は「土壌汚染の問題というのは非常に大きな課題だというふうに確認」し、判断の「一つの要因だったと思います」と陳述しています。さらに防潮護岸の負担問題は、移転の交換条件のようなものかの尋問に濱渦氏も「おっしゃるとおりです」と陳述しました。

③責任のがれのために基本合意以降は相談も一切受なく、報告もなく、「確認文書」も知らないという濱渦陳述は偽証

 次に濱渦氏は、陳述のなかで、「基本合意」以降は豊洲移転交渉からはずれ、一切の相談もなく、報告もなく、「確認書」も知らないとのべましたが、記録と尋問を通じて、この陳述は偽証であることが明白になりました。
 わが党は、記録のなかから2003年5月22日に、濱渦氏あてに3局の部長連名で東京ガスとの交渉にのぞむ対応方針について判断を仰ぐ文書を発見しました。この文書では同年3月に濱渦氏から対応について指示があったことも書かれています。
 また、報告の有無に関して、わが党は、2003年2月10日に当時の市場長が「豊洲新市場建設状況」について濱渦氏に報告した記録があることも明かにしました。この記録では、濱渦氏は報告にたいし「わかりました」「跡地については、あわてないこと」と発言したことも記されています。
 しかも、濱渦氏は4月10日の記者会見で、市場長が「説明したことはあった」「聞かれたら答えた」と、事実上自らの陳述を修正しました。
 「確認書」について、赤星証人も、「知らない」「了解していないと陳述を繰り返し、署名の当事者である野村証人は、基本合意と一体の文書であり、組織的な合意文書であると陳述しながら、最後まで決済者の名前を明らかにしないという態度をとりました。こうした異常なまでの態度は、責任者である濱渦氏に責任が及ばないようにするものと推察されます。

 なお、偽証認定、告発をめぐっては、自民党委員長は、理事会で偽証認定の採決に手続きに入ることを自ら提案し、確認したにもかかわらず、その直後に、この協議の過程が「無理やり」で、「ためにする告発」などと誹謗し、委員長辞任を表明するという驚くべき事態が起きました。当然、委員長不信任が可決されましたが、偽証告発を妨害するかのような自民党の態度は許されないことを改めて指摘しておきます。

④売買が優先で、汚染問題でまともな検討はなかったことが浮き彫りに

 次に、今回の陳述を通じて、深刻な汚染問題についても、東京ガスから土地を売る約束を引き出すことが優先され、まともな検討がされなかったことも、浮き彫りになりました。
 石原氏は「いまの技術をもってすると可能」、濱渦氏は「技術的には解消できる」などと陳述しました。また濱渦氏は、可能との判断は「市場長にたずねました」と陳述しています。
 その大矢元市場長は、わが党の尋問にたいし、部下が聞いてきた専門家とは誰で、どのような根拠で可能と判断したのか、確認はしていなかったと陳述しました。さらに注目すべきは、大矢元市場長が「東ガスが売ってくれるかどうかが最大の戦略目標」だったとし、汚染問題について「安易な判断だといわれりゃあそれまで」と陳述。濱渦も汚染対策「より先に用地の取得の話がある」と陳述しています。
 このように、石原、濱渦氏が、用地取得が最優先で、汚染の深刻な実態と、対策についてのまともな検討もせずに、移転決定をしたことは重大です。

三、一部が明らかに、さらなる調査、真相解明が求められる諸課題

 次に、本委員会の調査、尋問を通じて、これまで指摘した以外にも、まだ部分的ですが重要な問題が明らかにされました。

①自民党幹部が汚染対策費の自発的負担表明を東京ガスに打診

 その一つは、わが党が前川証人尋問で明らかにした、自民党幹部が土壌汚染対策費の負担に関して前川東京ガス執行役員を通じて打診してきたことです。
 前川氏は、記憶にないという陳述に終始しましたが、東京ガスからの提出記録では、2008年7月23日内田幹事長他から費用負担も含め「10月末決着したい」、「東京ガスが自発的に負担する旨、事前に言ってほしい」との打診を受けたと前川氏が報告したメモがありました。
 また8月11日の星野常務の打合せで前川氏が「内田自民党都連から、対策発表前に東京ガスから費用負担について発表できないか打診あり」と発言したことが記録されています。

 重大なことは、記録では、内田氏の打診内容と同じ打診が7月16日に当時の知事本局の吉川局長からも行われたことです。これは、内田氏の打診は都の意向、要請のもとに行われた可能性が高いことを示すものです。
 当時は、土壌汚染の再調査の結果、基準の4万3千倍ものベンゼンが検出されるなど、広範囲にわたって深刻な汚染が残されていることが明らかになり、都としても移転の再検討が求められた時期でした。その時に、あくまでも移転推進の立場からこうした打診をしたことは見過ごせません。
 また、「自発的な負担」という提案は、東京ガスの負担責任を回避させ、深刻な汚染発覚による移転の停滞を避けようとする意図があることも明らかです。

 結果的に、東京ガスは、すでに処理責任は果たしており、あくまでも追加負担は自発的だとして、わずか78億円しか負担しなかったように、この打診は、東京ガスの負担軽減のレールを敷いたともいえるものです。

 わが党は、内田氏の証人尋問を提案しましたが、この時期に、誰からの要請をうけて、自民党都連の最高幹部が東京ガスに打診を行ったのか、石原知事サイドか、それとも建設事業関係者なのかなど、解明されなければなりません。また、記録で明らかにされた以外にも、自民党などが移転と新市場建設をめぐってどのように関わってきたのかも、明かにする必要があります。

②「確認書」をめぐる経過、責任の所在を明確にすること

 次に、東京ガスに移転協力を約束させるカギとなった「確認書」をめぐるなぞの解明です。野村証人は、くりかえし尋問をうけながら、誰の了承のもとに「確認書」作成を進め、そして誰の決済によって「確認書」にサインしたのか明確に陳述しませんでした。
 しかも重要な文書でありながら、これが提出されたのは東京ガス側からであり、都が当委員会の再要請を受けて提出した「確認書」はファクシミリで送付された文書でした。
 誰の指示のもとで、重要な文書が東京ガスと交わされたか、文書はどのように扱われたのか。不明なままにするわけにはいきません。豊洲移転の真相解明にとっても、都政における基本的な決定手続きの透明化という点でも、議会として継続調査するとともに、都としても、過去の当事者への聞き取りも含め徹底した調査をすることを求めるものです。

③途中段階の土地鑑定額が都から売主である東京ガスに伝えられていた問題

 わが党の調査によって、東京ガスが、都の新市場整備本部から途中段階の土地評価額を聞き、それを関係者に伝えていたことを示していたことが明かになったことも重大です。記録は、2011年1月21日付けで、「本日、新市場整備本部より先方の現段階の概算評価額を口頭で聞きました」として、画地番号、所有者、概算評価額、換地設計価格が記載されていました。

 わが党はこの行為が事実なら公務員の守秘義務に反する行為だとして、当時市場長だった岡田氏にただしました。岡田氏は「その件につきましては存じておりませんでした」と陳述しました。
 しかし都の委託で鑑定を行った鑑定士は、わが党の尋問にたいし、一人の方は「東京都のご担当の方から、概算でいいから、都に数字が欲しいというようなお話が」あり「お話ししております」と陳述。もう一人の方も「数字を東京都の担当の方にお出ししたということは覚えております」と陳述しました。

 尋問によって評価額の情報提供が事前に行われていたことが確認されました。誰の指示によってこうし情報提供が行われたのか、責任を明確にするとともに、再発を許さないための措置を確立する必要があります。

④東京ガスタンク跡地の汚染土壌が盛土につかわれた疑惑が

 次に東京ガスの記録から、東京ガスの別のガスタンク跡地の汚染したと思われる土壌が豊洲に運ばれ、盛土や道路下に使われた可能性があり、東京ガス自身が、汚染が明らかになる危険やその場合の対応方針など、顧問弁護士と相談していたことがわかりました。
 この記録は、売買契約を結ぶ直前の2011年2月21日付けの「土地売買、費用負担、課題解決状況」と題する文書で、「○新宿PT盛土の取扱い」という見出しの文書がありました。そこでは「市場が都市整備と調整しているが、見通したたず」と紹介し、「本件(6万4千㎥)のみであればリスクは残土搬出(6億4千万円程度)だが、すでに道路下等で活用した分に飛び火すると問題が大きい」と記載されています。
 さらに2月25日付け文書でも、「新宿PT仮置き土」という見出しで、リスク内容として「区域7に残された6・4万㎥から新たな汚染が確認され、すべての除去を求められる」として、リスク回避策が検討されています。

 3月8日の文書では、「新宿パークタワーの建設残土の仮置土で、引渡しが確認されてない約6万㎥」という記載があり、新宿PTとは、新宿パークタワーを指すことは明らかです。ここは東京ガスのタンク施設があったところで。東京ガス株式会社淀橋供給所が明治45年に竣工し、1990年までガスタンクが置かれていました。その土壌が豊洲に持ち込まれたのです。
 また記録では、「区画整理事業で受入れた土なので」「都としても汚染状況を明らかにしたくないものと想定できる」と記載されています。市場も都市整備局も汚染土壌と知っていた可能性もあり、汚染の実態、搬入することになった経過など真相を明かにする必要があります。

⑤東京ガスが移転を受け入れた背景には、豊洲開発についての都と東京ガス共通の戦略があった

 東京ガスが市場移転を受け入れるうえで、東京ガスが以前から進めてきた豊洲開発の推進で都と一致したことも、土台にあることが東京ガスの記録から浮き彫りになりました。
 本委員会で取り上げられた2000年12月の東京ガス訪問時の赤星発言は、都が「安全宣言」で東京ガスを救済することを条件に移転の合意を迫ったことが注目されましたが、文書の作成日も作成部署も記載されてない文書でした。一方、わが党は、2001年1月17日付け財活推進室の「豊洲地区大街区区画整理事業の大転換について(案)」と題する文書に注目しました。この文書では、2000年12月14日、都が東京ガス側に、「臨海開発に係る4島で分担する開発者負担をガラガラポンして考え直す」と提案したことが記載され、これを「都知事サイドの大転換」と東京ガスは評価しています。
 そして文書では、12月22日の赤星提案として、国費投入による開発の加速や、開発者負担をゼロにするのは難しいがフレームを変えれば負担を減らすことは可能などと記載され、1月12日の市野会談でも、開発フレームの変更が書かれています。

 そもそも、99年11月5日に石原知事が会った際に上原社長が重視したのは豊洲の開発でした。そして合意の出発点となった2000年2月の「覚書」と一体の「確認」文書でも、基本項目の(1)で「市場を織り込んだ『まちづくりプラン』再構築のための基本フレーム見直し」が記載されていました。
 こうした文書を見ると、東京都自身も、移転を契機に豊洲地区、臨海部の開発を促進しようという思惑を強く持っていたことが浮かび上がります。こうした問題についても、さらに調査、解明が求められます。

四、調査、解明が残された問題

 最後に、本委員会は本会議で全会一致で可決された「豊洲市場移転問題に関する調査特別委員会設置要綱」にもとづいて、調査を行うことが義務づけられています。この要綱が定めた調査事項のうち、不十分ながらも調査が行われたのは主に(1)移転に関する経過、(2)交渉、土地売買に関する経過です。(3)土壌汚染対策は部分的にしか尋問がされず、「(4)豊洲市場建設工事における契約事務」に関しては、調査も尋問もまったく、されていません。

 豊洲移転問題の闇とも言える問題の一つが、3街区の施設建設工事がどれも1社入札で落札率99・87%で、談合の疑惑が濃厚でした。しかも当初の入札には、いずれの共同企業体もいわば拒否し、そのために都はゼネコンから要望を聞き、わずか1ヵ月後に予定価格を6割も引き上げ、2回目の公募をました。
 こうしたやり方が、建設費が約1000億円から2700億円に急増した原因です。しかも談合情報が寄せられながら、都はこれを無視しました。また、共同企業体参加企業のなかには、自民党幹部が監査役を勤める企業もあり、受注企業と政治家との関係の解明も求められました。
 にもかかわらず、工事契約について、調査も尋問もしない結果となったことは、百条委員会にとどまらず、都議会自体が都民から厳しく問われるものです。

 わが党は、理事会等のなかで、あくまでも調査項目にそって調査を行うこと、とりわけ工事契約をめぐる真相解明のために受注したゼネコンなどの証人尋問を行うこと、証人訊問は継続することを提案しました。
 しかし自民党委員長は、理事会で証人尋問の打ち切りを提案しました。わが党だけでなく、東京改革、都民ファースト、生活者ネットの各会派が訊問継続を求めました。公明党は打ち切りに反対を表明しませんでした。その結果、訊問は打ち切られてしまいました。工事契約など重要な調査を残しながら、尋問打ち切りを推進した自民党の責任は重大です。また打ち切りに反対しなかった党の責任も問われます。こうした対応と結果は、都民の批判をまぬがれなものです。

 わが党は、都民の期待にこたえ、都議会としての責任を果たすために、ひきつづき独自の調査をすすめるとともに、都議選後の新たな議会のもとで、ひきつづき百条委員会を継続して設置し、調査課題の全面解明を行うことを提案するものです。

 最後に、まだ全面解明には至っていませんが、これまでの本委員会の調査、尋問によって、築地市場の東京ガス豊洲工場跡地への移転が、いかに重大な問題があるかが明確になりました。またこの間、都民を欺いて進められたことも浮き彫りになりました。よって、東京ガス豊洲工場跡地への築地市場の移転はすみやかに中止し、築地での再整備にむけ、英知をつくすべきことをのべ、意見開陳を終わります。

以上